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東京地方裁判所 平成11年(ワ)70602号 判決

原告 瀬田順由

右訴訟代理人弁護士 永倉嘉行

被告 明電商事株式会社

右代表者代表取締役 高橋捷治

右訴訟代理人弁護士 吉田武男

同 杉浦智也子

主文

一  東京地方裁判所平成一一年(手ワ)第一八八五号約束手形金請求事件につき、同裁判所が平成一一年一二月一日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金四九五万円及びこれに対する平成一一年九月八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、別紙手形目録記載の手形(以下、「本件手形」という。)の手形金とこれに対する満期からの利息の支払を求めた事案である。

一  争いのない請求原因事実

1  原告は本件手形を所持している。

2  被告は本件手形を振り出した。

3  本件手形は、支払呈示期間内に支払場所に呈示された。

二  争点(抗弁)

本件手形は、訴外株式会社電機精工社(以下「電機精工社」という。)が被告から振出交付を受けて同社社屋内金庫に保管中、平成一一年七月四日夜から翌五日早朝にかけて他の多数の約束手形、定期預金証書等とともに盗難にあったもので、盗難後に本件手形を取得した者は、原告も含めて盗難手形であることを知りながら又は重大な過失によりこれを取得したものか否かである。

第三争点に対する判断

一  証拠〔甲号各証(枝番を含む。以下の証拠についても同じ。)、乙号各証、証人天野恵子、原告本人〕及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。

1  本件手形は、変圧器、配電盤等の電気機械器具の製造販売等を業としている電機精工社が取引先の一つである被告(被告は大手重電メーカー明電舎の関連会社の一つである。)から商品代金の支払のために振出交付を受けたものである。電機精工社は本件手形を他の手形類とともに東京都北区志茂二丁目所在の社屋内事務室大型耐火金庫に保管していたところ、平成一一年七月四日夜から翌五日早朝にかけて賊が入り、他の手形六十数通、定期預金証書等とともに盗難にあった。電機精工社は、盗難発覚後直ちに警察に被害届を提出し、同年七月に東京簡易裁判所に盗難手形についての公示催告の申立てをした。

2  右盗難後、何者かが本件手形の第一裏書欄に偽造した「東京都北区志茂2丁目31番10号 株式会社電機精工社 代表取締役佐藤桂子」と刻された社判と代表取締役印と読み取れる丸印を押捺して裏書を偽造し、本件手形を流通に置いた。

3  本件手形の入手状況等につき、間に入った天野恵子(ボランティア団体を主宰しているという。)は、概ね次のように証言している。

「自分(天野)は、平成一一年七月当時、二一世紀日本モンゴル協会というボランティア団体の理事長をしていた。平成一一年七月六日、知人と会うために新宿駅西口で待ち合わせをしていたところ、以前モンゴルの件で天野の講演などを聞いたことのあるらしい福井明雄がモンゴルの話題等で話しかけてきた。福井はコンサルタント会社をしているという話であった。時間もあったので近くの喫茶店に行って話をしたところ、話がそれとなく事業や景気の話題となった。そのうち、福井が本件手形を示し、ちゃんとした会社の手形で満期まであと二、三か月だが、誰かこの手形を月一割の条件で買ってくれる人はいないだろうかと相談してきた。当日午後六時から天野は原告と会う約束があったので、原告に話してみるとのことでその日は福井と別れた。そのとき福井の名刺をもらい、それには福井の肩書、住所、経営している事業内容、携帯電話の番号等も記載されていた。その日の夜に原告に会ってこの話をしたところ、どういう手形か知りたいという程度のことでその日は終わった。それから福井から天野に頻繁に電話がかかるようになり、七月一二、三日ころに福井と会って手形のコピーをもらい、それを原告にその頃渡した。そのうち原告から手形を割ってもよいとの連絡があり、七月二六日に手形と現金四四五万円の授受をすることになった。七月二六日に新宿の滝沢という喫茶店に原告と共に赴いたところ、既に福井は来ていた。福井と原告は、五、六メートル離れた別々の席に座り、天野が仲介的な立場で現金四四五万円の受け渡しと手形の受け渡しをした。福井と原告は直接顔を合わせていない。取引終了後、天野は現場で福井から謝礼として一〇万円入りの紙封筒をもらった。福井からは肩書の入った名刺をもらっていたが紛失してしまった。そこで、福井の正しい住所、氏名、職業、電話番号等はわからず、現在は福井とは連絡がとれないままとなっている。」

4  次に、原告は本件手形の入手状況等につき、概ね次のように述べる(原告本人尋問結果)。

「原告は、マージャン等に関する著述や家庭教師などを業としている。手形を扱った経験はない。原告は、天野や天野の母が経営していた飲食店に客として出入りしていたことがあった関係で、天野恵子とは十数年来の知り合いであった。平成一一年七月六、七日ころ天野と新宿で会った際、天野の知り合いのボランティアをやっている人が五〇〇万の手形を月一割の利息で割ってもらいたいと言っている、もうかる話と思うがどうかと持ちかけられた。その日は手形に大した関心もなく大まかな話を聞いただけであった。七月半ばころ天野が手形のコピーを届けたので、手形を扱ったことがある知人に相談したところ、しっかりした手形であるとのことであり、天野も間違いのない話と言っており、約一か月先満期の額面五〇〇万円の手形が四四五万円で買えるとすればもうかる話でもあったので、天野を信用して手形を四四五万円で買うことにした。天野から相手は福井という人物ということは聞いたと思うが、福井の職業、素性等は詳しく聞いていず、天野から福井の名刺等も見せられていない。七月二六日に手形と現金四四五万円の授受をすることになり、タンス預金として自宅に貯めていた現金五〇〇万円余りの中から四四五万円を準備して、新宿の滝沢という喫茶店に天野と共に赴いた。取引現場の喫茶店では福井の顔は五、六メートル離れた席からちらっと見た程度である。天野が仲介的な立場で現金四四五万円の受け渡しと手形の受け渡しをして取引を終了した。手形が盗難の理由により不渡りとなったと聞いて天野に対し福井と連絡をとりたいと何度も申し向けたが、天野は福井とは連絡が取れないと謝るばかりであった。」

二  以上の事実に基づき判断する。

一般に、上場企業やその関連会社振出の手形は、受取人から直接銀行等の金融機関に割引ないし取立てに出されるのが普通で、取引先とは到底認めがたいような町金業者、個人、団体等を被裏書人として転々流通することは稀であることは公知の事実である。そのような信用のある手形の受取人としては、満期まで現金入手の必要がない場合には自己又は金融機関に預けて手形を保管することで足り、満期前に現金入手の必要が生じた場合には銀行等の金融機関により低い割引料で容易に割り引いてもらうことができ、これを町の金融業者や取引先以外の個人や団体に高額の割引料を支払って割り引いてもらう経済的必要がないからである。そこで、上場企業ないしその関連企業振出のような信用ある手形について、一見して振出人や受取人の取引先と認め難いような個人や団体が所持していたり、高額の割引料の約束で割引依頼をしてきたような場合には、その所持や割引依頼自体から流通経路の不自然さがある程度疑われるというべきである。したがって、そのような手形を所持している者から割引依頼を受けた者としては、単に「しっかりした企業振出の間違いのない手形である。」旨の説明を受けただけでは足らず、割引依頼人の素性、職業、社会的信用等について慎重に判断を行うと共に当該手形の入手経路等について納得し得る説明を求めるべきであり、もし合理的な説明を得られない場合は更に適宜振出人や受取人、支払銀行等に正常な手形であるかどうか、盗難や紛失などの届けは出されていないかどうか照会するなどの調査を行うべきであって、こうした調査を怠った場合には、仮に善意であったとしても、重過失あるものとして善意取得の成立が否定されることもあり得るといわなければならない(なお、手形所持人が手形を所持するにつき疑念を抱いて然るべきときは、振出人や支払担当銀行等に照会するなどの調査義務があるとした最高裁昭和五二年六月二〇日判決、判例時報八七三号九七頁参照。)。

これを本件についてみるに、本件手形は著名企業である明電舎の関連会社である被告が振出した額面四九五万円の高額手形であるところ、天野や原告の述べるところによれば、天野とボランティア団体の活動を通じて顔を見知っている福井明雄という人物が「月一割の利息でこの手形を買ってくれる人を紹介してほしい。」との趣旨で天野に話を持ち込み、原告が手形を扱ったことのある友人などと相談の上結局これに応じたものという(もっとも天野の述べる福井の人物像、福井と天野の主宰するボランティア団体との関わり等は極めてあいまいである。)。そして、原告は自宅にタンス預金として貯めてあった五〇〇万円の中から四四五万円を準備して本件手形と引換えに福井に渡したという。しかし、福井という人物については、手ががりとなる氏名、住所、職業、連絡先等は原告からは明らかにし得る資料は提出されておらず、福井の存在自体に疑いが残る。また、原告はこれまで手形割引の経験がないのに、あいまいな天野の供述を頼りにいきなり額面四九五万円の手形を四四五万円で割り引いたというのも奇妙であるし、原告が真に四四五万円を用意し、これを福井に交付したとの点についてもこれらを裏付けるべき的確な客観的な証拠は提出されていない(そもそも、原告のような住宅ローンを抱え普通の家庭生活を営んでいる人間が特段の理由もなく五〇〇万円のタンス預金をしていたということ自体、そしてその中からこれまで手形割引の経験もないのに、氏名、住所、職業、素性等も明確でない福井という人間の持ち込んだ手形に対し四四五万円も支払ったということ自体相当の疑問を払拭しきれない。)。これらからすると、天野や原告の述べる本件手形の取得経過には重大な疑問が残るというべきである。

仮にこうした疑問をひとまず措いたとしても、前記のとおり、一般に信用ある企業振出の高額額面の手形が受取人から離れて原告の主張する福井という個人の手に渡り、それを福井が月一割の高額割引料で再び個人である原告に割引依頼をしてくること自体異常なことというべきである。したがって、原告としては、本件手形の流通経路の不自然さを疑い、本件手形を持ち込んだ福井に対しては入手の経緯などについて納得し得る説明を求めるべきであった。しかるに、原告は、福井の本件手形の入手経緯、原因関係等について全く説明を求めた形跡がなく、もし原告においてこうした点について十分な説明を求め、満足な説明を受けられなかった場合には、適宜振出人である被告や受取人電機精工社、支払銀行等について盗難や紛失等の事故はなかったか等の調査や問合せをすれば本件手形の盗難の事実が容易に判明したものと認められる。こうした経過に照らせば、原告が本件手形を取得したことについては、本件手形が盗難手形であることについて少なくとも重過失は免れないというべきである。

三  なお、本件手形の原告の前の所持人である福井という人物についても、本件のような信用ある企業振出の高額手形を取引の形態如何を問わず正規の取引により取得したものとは到底認めることはできず、善意取得を認めることはできない(第一裏書人電機精工社の裏書が偽造され、何者かにより流通に置かれたことは前記認定のとおりである。)。

四  以上によれば、本件手形は、電機精工社が被告から振出交付を受けて保管中盗難に遭ったものであり、原告はこれを所持しているが、盗難後、本件手形の裏書譲渡を受けた者は、原告を含めていずれも善意取得が成立しないから、原告の請求は理由がないというべきである。

第四結論

よって、原告の請求を棄却することとし、これと結論を異にする手形判決を取り消して、主文のとおり判決する。

(裁判官 豊田建夫)

手形目録

約束手形

金額 金 四九五万円

支払期日 平成一一年九月八日

支払地 東京都千代田区

振出地 東京都渋谷区

支払場所 株式会社住友銀行東京営業部

振出日 平成一一年四月三〇日

振出人 明電商事株式会社

受取人 株式会社電機精工社

第一裏書人 同右

第一被裏書人 (白地)

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